「不思議の新衣装」(巌本善治)

「或る国」とはまるで私たちの国のよう

「不思議の新衣装」(巌本善治)
(「日本児童文学名作集(上)」)岩波文庫

美しい着物が
大好きな王さまのもとへ、
世にも不思議な衣装を
織ることができるという
二人組が現れる。
その衣装は、役目相応の仕事を
していない人間には見えず、
職責を果たしている人間には
ことのほか美しく
見えるのだという…。

前回アンデルセン「親指姫」
取り上げました。
今回の作品も
アンデルセンの翻訳物です。
「不思議の新衣装」と聞いて
ピンときますか。
正解は「裸の王様」です。
前回の「アンデルセン傑作集」
(新潮文庫)は2015年発行の新訳です。
でも本作品はなんと
明治21年の発表なのです。

原文がどのようになっているのか
わかりませんが、単純に
「馬鹿には見えない」というのでは
ないのでした。
二人組の仕事ぶりを
何人かの役人が視察するのですが、
「見えない」と言ってしまうと
「自分は仕事をしていない」と
告白するも同然であるため、
ついつい褒めそやしてしまいます。
そしてみんなが褒めていると、
自分一人が「見えない」とは
言いにくいため、
右にならって「美しい」と
言ってしまいます。
ついにはトップでさえも
自らの思考判断を停止させ、
「美しい」と言ってしまうのです。

作品中の「或る国」とは、
まるで私たちの国を
指しているかのようです。
アンデルセンは決して
海の彼方の島国を想定していた
わけではないのでしょうが。

巌本善治も翻訳に苦労したのでしょう。
欧州で書かれた物語を、
日本の国に置き換えようと
苦心した跡がうかがえます。
「天皇」「総理大臣」
「朝廷」「行幸」などという言葉が
あちこちに登場します。
そうした訳文の効果もあり、
なお一層、日本で起きた
物語のように感じられてしまうのです。

いや、さらに考えると、
現代の日本でも同様のことが
起こっていることに気付かされます。
誰かが「政治的中立」を唱えると、
公的機関で瞬く間にそれが拡がります。
「政治的中立でないこと」を理由に、
政治に関わる意見を述べる
集会等に対して
会場使用を認めないような
自治体の対応が
目立った時期がありました。
思考停止状態による作用です。

さて、明治の童話ですから、
最後はやはり教訓で締めくくられます。
「お前方は何でも正直にし
 そして正直な事を言ふには
 少しも恐るることなく
 キッパリとこれを言ひ
 また断じて行はなければ
 なりませんよ。」

これも現代日本国民に向けての
言葉のように思えてなりません。

※本書には「初の邦訳と
 言われている」と書かれていますが、
 ある出版社のHPでは、本作品以前に
 ヤスオカシュンジロウなる人物が
 その2年前(明治19年)に
 発表しているとのことでした。
 機会を捉えて
 調べてみたいと思っています。

(2019.4.9)

utroja0によるPixabayからの画像

【青空文庫】
「はだかの王さま」(アンデルセン/大久保ゆう訳)
※青空文庫に収録されている作品は、
 本書と訳者が違います。

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